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kwsktr's study log

kwsktr のおべんきょログ

結婚の形がもっと柔軟になればいいのにね

ボクは「婚活」とかいう言葉を知らずに気づけば結婚していて、低収入でも子どもがいるボクからすれば「結婚できない」「子ども産めない」といってる人がいるのか解らなかった。


解る気もしないし、「なんで結婚しないの? ちゃんと向きあえば幸せになれるよ」とか「どうして子ども作らないの? 子どもの成長って感動できるし、自分も一緒に成長できるよ」とか言ってしまいそうになる。
生殖できないという理由があって、子ども生めない人もいるわけですし、適切ではないとは思ってはいますが。


ので、最近はそういうブログとか増田とか小町とかTwitterを読んでいたのですが「形」に捕われている人が騒いでいる、騒がない人は諦めている、そんな気がしております。


もちろんボクも幸せの形に捕らわれている側の人間なので、ある意味「結婚」「出産」は幸せになれると思い込んでおりますが、「婚活」なるものをしている人は、もうちょっと柔軟な頭をお持ちのほうがよろしいかと。


コレに関しては制度が悪い部分が絶対にある。
制度だけのせいにしているのは被害者意識が強すぎるのは間違いなくて、そんな制度乗り越えていけばいいのにって思いますが、乗り越えさせなくても国が制度を取っ払えば乗り越える苦労をさせなくてもいいわけですね。


国ができるのはお金をばらまく以外にもあるのにな、ってつくづく感じます。
「結婚」という形をもっと柔らかく自由にするためにも「夫婦別姓」をもっと真剣に考えていただければと思います。

夫婦別姓

法務省:選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について
wikipedia:夫婦別姓


ボクには夫婦別姓じゃないと困る、つまり夫婦同性ではないと困るという状況がいまいち感じれない。
ハンコ屋の需要が減るかもくらいしか思いつかない。


同姓でも別姓でもいいよ、コレだけで何組のカップルが救われるか。
もっと「人生のパートナー」という考えを広く認知していただきたいと思います。


子どもの名前だって選択すればいいし、それこそお腹にいる期間によく話合えばいいわけで。
苗字で人生変わる要素なんて殆どないし、それこそサイコロとか Excel の rand関数で決めたり、男だったら山田で女だったら佐藤でもいいし。


あわせて子どもが好きなタイミングで変更できるようにすればいいですよね。
名前を山田太郎さんか佐藤太郎さんかするかは大した問題じゃないんだよ、ってことを考えていただければと思います。
アカウントみたいなもんですね。


ただ、名前が柔軟に変更できる、そのためにもボクはマイナンバー制度は必要じゃないかとも思っておりますが。


wikipedia:国民総背番号制


段階を経てやっていただければと思います。

第3号被保険者制度

あとは「第3号被保険者制度」とかですかね。
生活保護もそうですが、ハズれると不利になる、受けといたほうが有利、みたいな不平等な制度が蔓延されやすくなっているのに、野放しになっているのが良くないかと。


第3号被保険者制度は女性の社会進出の妨げだとボクは思っているんですね。
子育てで働きにくい人を助ける制度としてあるようですが、間違っているなあと。
子育てしながら働きやすい社会を作らないといけないのに、その逆をやってしまっているように感じませんか。


世に働く女性が多くなれば、働く女性のための需要が生まれたり、女性が働くということについて男性側の理解も深まります。
伴って結婚の形も変わってくるのではないでしょうか。


男性側の収入が少ないという問題だって、二人で働き易い社会であれば解決できます。
仮に残業なしの月160時間労働(週5日8時間)で20万円の収入をベースとして考えてみると、月100時間労働で12万円の収入が得られます。
月100時間労働の配分がある程度自由になれば、単純計算をすると二人で月200時間労働が可能です。これならば収入も増えるし、共働きしながら育児も可能ではないでしょうか。


柔軟な社会であれば、形に捕らわれない「結婚」というものが可能になるのではないでしょうか。


とはいえ、ボクはできることなら自分の手で嫁さんと娘を養いたいと思っています。
その想いのせいで、残業をしなくてはいけない状況にあるのも事実です。
同じくらい強い気持ちでもっと家庭と向き合いたいと考えているのに、できないのが苦痛だったりします。
労働時間と収入の関係が変わってくれば、ボクの考えもまた変わっていくのでしょう。


ベーシックインカムの導入で働き方、生き方が変わると思うので、実験的にでもやってみていただけないでしょうかね。

結婚してみて

ボクが結婚して一番良かったのは、最良の理解者を得られたということ。
結婚して苦労を共にしていなかったら得られなかったとも思っています。
結婚するよりも、してからのほうが大変だとわかっているからこそ、婚活に力を入れている人をみると滑稽ですし、不安にもなります。
結婚して思い描いていた結婚の「形」が異なっていることに気付いたら、離婚という選択肢を迷わずにとってしまうのではないでしょうか。


「形」だって制度や時代、環境によって変わっていくでしょう。
仮に両親が亡くなったりしたら誰だって結婚観や人生観が変わるはずです。変わらざるを得ません。
その変化に対応できないということは、他人を受け入れる度量みたいなものがないという証だとも思います。


ボク自身、「形」というものがあるとは思います。でも、それは自分だけの「形」ではないんです。
嫁さんというかパートナーの持つ「形」、これと合致してないと意味がない。
他人からどう観られていようとパートナーと合致してなければ、幸せにはなれないし、それこそ生きる意味なんてないな、と感じるのはボクが既婚者だからでしょうね。


結婚いいよね、すごいよね - kwsktrのおべんきょログ